近代将棋1996年9月号、米長邦雄九段の「米長さわやか流対談、この一局」より。
佐藤康光が聴く
=パメラ&クロード・フランク父娘デュオ=
バイオリンのパメラ・フランク、ピアノのクロード・フランクという父娘によるリサイタルの興味は一点だけだった。
娘・パメラは生まれたときからずっと、父・クロードと母・リリアンのピアノを聴いて育った。何事も一流になるには環境だと思うが、その点に関しては恵まれていて、何の迷いもないはずのパメラがなぜバイオリニストをめざしたのだろう。
オール・ベートーベン・プログラムの最初はバイオリン・ソナタ第二番。まず軽い会釈の後、調弦もせずいきなり演奏、まるでこの時を待っていたかのような呼吸で始まった。金のラインの入った黒のドレスを身にまとったパメラの小気味よい演奏が聴こえる。時に、その息づかいが私の席からでも聴こえる。最終楽章のアレグロはダイナミック。英才教育を施したという感じはなく、野性的な趣きさえ感じられた。
続いて、第十番。第一楽章がテンポ良く始まる。第二、第三楽章では軽妙な感じがして、そのビブラートの使い方が絶妙で印象的。聴いていてうっとりするとはこのことだろう。最終楽章の重音もさすがの一言。音が少し軽くなった感じで、最後のコーダは絶品だった。ラストは第九番「クロイツェル」。第一楽章はリズムによどみがなく、力強い。私が最も気に入ったところ。苦しみに遭いながらも強くなっていったベートーベンらしさが出ていたと思う。父・クロードのピアノにもがぜん力が入り、パメラはダイナミックに、雄大さを加えて演奏を終えた。第二楽章はゆったりとした感じに細かい音を大切にした両者の息づかいが心地良い。
終楽章はクロードが主役なのか? しかし、そのピアノに重なるバイオリンの音も鮮やかなもの。ひょっとしたら、娘・パメラの演奏が父のピアノを引っ張っているのか?
「ブラームスのアダージョです」と、たどたどしい日本語でアンコールの演奏を終えた父は、この日の演奏に満足そうな表情に見えた。
(産経新聞1996年6月28日夕刊)